RX-0078のブログ

日常とロードスターライフを備忘録風に残していきます。

走る歓びとは。②

前回は、「よろこび」の種類と違いについて言及したが、今回から具体的に走る歓びについて掘り下げていこう。

 

私は毎朝ランニングをする。走る距離も時間も決めていない。自分がその日に走りたいと思った道、時間をかけて自分だけの時間に浸る。この時間だけは誰にも邪魔されない完全に「個」の時間なのである。私はこの時間が好きでたまらない。皆さんにはこんな時間ってあるだろうか?

 

社会人生活が始まって2ヶ月半、仕事はチームプレーで互いの長所と短所を埋め合わせながら様々な人と調整しながら行うものだと見えてきた。職場での自分な役割や全体の中での立ち位置など、人間関係の円滑な回転が不可欠であるのが仕事の鉄則なのかもしれない。

 

こういった仕事を進めるためには、まずは自分の得意分野と苦手分野を明確化することが最初に必要になる。これを理解するには、インプット⇨アウトプット⇨他者からの評価⇨改善・・・のサイクルを繰り返していくほかない。PDCAというやつである。自分で考えるだけではわからない視点や考え方など成長要素を手際良く掴んでいくには他者とのコミュニケーションが必須なのだ。

 

でも、、、

 

私の場合は、自分一人だけで考える時間が欲しい人でもある。もちろん他者からの意見や改善点等も進んで聞きに行くことや評価してもらうことも必要である。しかし、多岐にわたる情報を一回整理し、指摘されたところを改善に織り込むには、やはり「自分の力」というものが大切になってくるのではないだろうか。

 

・指摘されたところだけ直す。

・もういいやと投げ出してしまう。

・反発する。

 

高校1年生の頃まで、上記のような人だった。自分で考えるという思考がなかったのだ。

 

この話がなぜ走る歓びにつながるのか。その答えはズバリ、「一人で考えたり、無になれる時間」になるからである。

 

指摘されてから改善する、言われたところだけ直す、直さないこれらの選択肢は最終的に全て自分にしかできない。誰にも頼れない、真の答えは自分の心の中にしかないのだ。

 

私は、常に自分の心に正直でありたい。でも、生きていれば自分の心に正直になりすぎると自分以外の人を苦しませてしまうかもしれない。こうした葛藤と自分のなかでの正直加減のコントロール。なかなか、人がたくさんいる中で考えられることではないはずだ。

 

散歩に出掛けて気分転換したり、山に登りに行ったり、キャンプに行ったり、車に乗って大切な人とでかける。この何気ない事が全て自分の生き方に跳ね返る。毎日思い詰めてもダメ。無になれる時間、考えられる時間、嫌なことも忘れて思い切り楽しむ時間。そういったこと全てが歓びであり、「走る歓び」とは人生というウルトラスーパーロングディスタンスのレースを無理なく時に厳しく、時に楽しく走り続けるための『燃料』・『栄養補給』ではないだろうか。

 

少々、重めの話になってしまったが、私はこんな感じでゆるく楽しくそれでいて『誰かの助けになりたい』のである。